罰ゲーム「SS」(踏んだ方:rochさん)
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 東方野球in熱スタ2007

  第14.1話(嘘)「メディのお見舞い」

   6/27 魔法の森~アリス・マーガトロイド邸

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 あの忌々しい建物が幻想郷に現れてから、もう四ヶ月が経とうとしている。
一介の魔法使いである私、アリス・マーガトロイドは、思念波から「私」を守るため、
野球チームの監督となって異変解決に乗り出す事になってしまった。

 海千山千の人妖を相手に、薬で心を騙しながら、よくここまで監督をやっていられたと
自分が一番驚いてる。不安定な投打の調子も持ち直し、先の見通しが立った状態で交流戦を
終えることが出来て、気が抜けたんだろうと思う。

 朝起きた時は少し体がだるいかなぁ、という程度だったので、午前中休めば午後からの
練習には参加できると思って、軽めの朝食を取り、例の薬を飲んでベッドに入った。

 昼過ぎ、あまりの暑さで目が覚めた。全身が汗でぐっしょりと濡れて気持ち悪かった
ので着替えようと思い、体を起こそうとしたら、がくん、と腕から力が抜け、私はそのまま
ベッドの横に転げ落ちた。

 朝方感じていた倦怠感は、全身に鉛を編んだ服を着せられたような負荷になっていた。
額に手を当てるまでもなく熱っぽい。騒音を聞いて飛んできた上海が二重に霞んで見えた。
(……やっちゃったか)
 永琳に処方された薬の副作用なのか、それとも慣れないことをするプレッシャーからか、
監督になってから私は以前より体調を崩しやすくなった。でも、ここまで酷く消耗したのは
初めてだ。

(そうだ……魔理沙に連絡しないと……)
 あやふやな頭で何とかアリス人形(魔理沙はベッドサイドに置いてるらしい)と交信する。
幸い、まだ魔理沙は出かけていなかった。
「風邪を引いたから今日は練習に行けない。自主練習してて。
   うつったら困るから見舞いには来ないで」

 やっとそれだけ伝え、人形の手を借りてベッドに逆戻りした所で、力尽きた。
薬を飲まなきゃ、とは思ったけど、体力も気力も萎えて、指一本、糸一筋も繰ることができなかった…



 そして気が付くと、私は何もない薄暗がりに独りで立っている。
――またこの夢か。もう何度もこの夢を見ている私は、この空間が何を意味するのか、
この後何が起こるかも知り尽くしている。
 ここは、「私」。私の心の奥深く、精神の根幹そのものの姿。
何も見えず、何も聞こえず、何も感じず。
それでも、私が私だけで私のままで居られるから、ここはとても心地いい。

 でもこの平穏は決して長くは続かない。
太陽も切り株も磁石も無いのに判るのは不思議だけど――それはいつも東の方からやって来る。

 視界が明転する。目に飛び込む眩い光は、夏の太陽? それともライト?
静寂を引き裂き、鼓膜を揺さぶる轟音は、大地の揺らめき? 人の叫び声?
そして、いくら目を固く瞑り、耳を手で覆っても、
私の肩に、腕に、頬に、無遠慮に触れる、熱を持った「何か」。

 もしかして、いやもしかしなくても。
そいつは、暖かい陽光の元へ、活気漲る歓声の元へ、優しく私の手を引いて連れ出し、
「野球しようよ!」と言いたいだけなのかもしれない。
 だけどそれは平穏を望む「私」にとって、松明と棍棒でもって追い立てられ、
火刑台に引きずり出されることに等しい苦痛となる。

――放っといてよ! 「私」に触らないで!
目を固く瞑り、耳を手で覆い、触れられる事に恐怖しながら、
私はただ、そう叫び続けることしかできない。

 その時、かすかに鈴の音が聞こえたような気がして、私は目を覚ました。



 まるでずっと水に潜っていたかのような息苦しさを覚え、私はベッドの上でゼエゼエと息をついた。
窓から射す陽は少しだけ紅く色付いている。ずいぶん長い事寝てしまった、などと
ぼんやり考えていた私の耳に、聞きなれた鈴の音がもう一度飛び込んできた。
(呼び鈴? こんな時にお客かしら)
 魔理沙ではない。あいつが呼び鈴を鳴らすなどという殊勝な真似をするわけがない。
相変わらず腕も上がらないほどの気怠さが全身に漂っていて、人形を動かすのも億劫だったので
居留守を使おうかと思ったその時、私の耳だけは真面目に自分の仕事をした。

「アリス?……寝てるのかな」

(今の声は、メディ?)
「…メ……」
 思わず返事をしようとしてそこでようやく、私は声が掠れてろくに喋れなくなっている
ことに気づいた。
――アリス人形に伝声機能がなくて良かった。こんな今にも死にそうな声を出したら
魔理沙は練習を放棄してすっ飛んで来たに違いない。

 今も枕元にいる上海をドアの前まで誘導する気力さえなかった。ドアの一番近くにいた
人形をどうにか動かし、閂を外させた。
 開いた扉から中に入ってきたのは、やっぱりメディだった。人形の誘導に従って寝室に
入ってきたメディは、私の顔を見るなり血相を変えて(メディに血相はないけど)
ベッドまですっ飛んできた。
「アリス!!」
(私、そんな辛そうな顔してたのか)
 メディを安心させようと、笑って頭を撫でようとした結果、顔を引きつらせながら
手をメディの方に放り出すという余計に苦しそうな挙動をしてしまった。
ますます曇るメディの表情。
「大丈夫? 苦しいとこない?」
 私の手を両手で包み込むように握り、心配そうに顔を覗き込むメディに、ようやく声を振り絞って
「…いじょうぶ……メディ、練習は…?」
「魔理沙からアリスが風邪引いたって聞いて、すぐにこっちに来たの」
「……そ……ありがと、メディ……」
……今度は、ちゃんと微笑む事ができた。メディの両手に柔らかく包まれた指先が温かかった。

 それから、メディは甲斐甲斐しく私の世話をしてくれた。
べとべとに濡れた下着を脱がせて、体をタオルで拭いてくれたり、氷嚢を作って額に
当ててくれたりした。
 さすがにトイレに行くときまで付いてきたのは恥ずかしかったけど、まだ足元が
おぼつかない体たらくでは断るに断れず、私はメディの小さな肩を借りて歩いた。

 陽も沈み、辺りが暗くなった頃、私の手に指を絡ませながら、メディがふと言った。
「ねえアリス、台所使ってもいい?」
「いいけど……食べるものならまだ残ってるから、わざわざ作ってくれなくても大丈夫よ?」
「えー……アリス、私の料理食べたくないの?」
 俯いて寂しそうな声で言うメディ。私は慌てて取り繕った。
「えっ、そんなことないわよ。今ちょっと食欲がない――」

 ぐぅ。

「………」
「…………」
……なんでこのタイミングで腹時計が鳴るかなぁ。一応私は魔法使いなのに……

 私は、素直になる事にした。
「……ごめん、やっぱりお腹空いちゃった。ご飯作ってくれる?」
「任せて! とっておきのご馳走を持ってくるからね!」

 威勢良く答えて台所に向かったメディが数刻後、両手に抱えて持ってきた鍋の中身は、
卵をとじたお粥だった。卵以外には三つ葉らしい緑と、見慣れない牛蒡のような根菜の
輪切りが入っていた。
「これは何?」
「えっと、西洋人参だって。来る前に永琳先生が持たせてくれたの」
 小鉢に装ってもらい、さっそくスプーンで口に運んだ。
……口に含むとまず三つ葉の香りと、西洋人参と思しきツンとした風味がした。
おそらく永琳のことだから、薬効のある食材をすぐに見繕って、メディに持たせたのだろう。
米も柔らかく炊けていて、味も濃すぎない。これなら鍋一杯分も食べられそうだ。
 固唾を呑んで様子を伺うメディに、私は正直な感想を告げた。
「うん、おいしいわ。ありがとう、メディ」
それを聞いたメディは、月明かりに照らされた花が開くような、可愛らしい笑みを浮かべた。
(よかった、メディが笑ってくれて)
それを見て私の顔も自然と綻んだ。
――風邪をうつすのは困るけど、こういうことならどれだけでもうつって欲しい、と思う。



 食事の後、(今度はちゃんと薬を飲んで)寝ていた私を起こしたのは、またしても呼び鈴だった。
「あら、起こしちゃったかしら。ごめんなさいね」
夜分遅くに訪ねてきたのは、永琳だった。
「ううん、あんまり寝過ぎても後で生活リズムを戻すのが大変だし」
「後のことを心配できるならもう軽症ね。まあ、一応診察しましょうか」

 その場で診察を受けて、いくつかの薬を処方されて飲んだ後、永琳はメディに居間の
掃除をするよう頼んだ。メディが寝室から出て行った後、永琳は私の耳元に顔を寄せた。
「……体調が悪い時にはあの薬は控えろ、と言ってなかったかしら? 今日こんなに
 容態が悪化したのはそのせいよ」
「……でも、飲まなきゃ眠れないのよ。現に今日も飲み忘れて危うく狂うところだったし」
「医者がこんな事言うのもなんだけど、貴女はもう少し薬に頼らないよう努力すべきね」
「………」
 永琳は顔を上げ、居間の方を振り仰いだ。
「あの子にも話してないんでしょう、体のこと」
「……言えばまた余計な負担をかけるだけですもの」
「どの口が『余計な負担』なんて言いますか」
 こちらに向き直る永琳。言い返そうとした私は口ごもってしまった。
怒っているかと思ったのに、永琳があまりにも悲しそうな目をしていたから…
「私だってね、貴女の死亡診断書を書いたり、怒り狂う魔理沙の相手をするなんてことは
したくないし、考えたくもないの。もう少し、周りのことも考えて」

 しばしの沈黙。私が何か言わんとする前に、永琳は先を制した。
「……ごめんなさい、『貴女』の問題だったわよね。今の言葉は忘れて」



 もうすぐ日付も変わろうかという頃、パチュリーが試合のデータ――
――永琳から今日は紅白戦形式の練習だった、とは聞いていた――を持ってきた。
帰り際に「そうそう、どっかの白黒が必死になって菊の花を集めていたわね」
と、聞きたくもないデータを付け加えてくれた。
 それを聞いた永琳も帰り支度を始めた。
「今日はありがとう、メディ」
「ううん、お大事にね、アリス」
「じゃ、あとは『お二人』でごゆっくり」
また余計な一言を付け加えて、永琳はメディを連れて帰っていった。



 そうして、我が家に静寂が戻る。
(考えてみれば、独りで静かに過ごすのって結構久しぶりかも。最近はいつも魔理沙が――)
そこまで考えた時、ドアが呼び鈴もなしに勢いよく開かれ、誰かがずかずかと入り込んできた。
(言ったそばから。いや言ってないけど)
私はため息をついて、魔理沙が姿を現すのを待った。



[14-4 会話パートへ続く]