30000記念SS

『どうしてこの異変が始まったか。か・・・それは確か桜がまだ咲かない頃だった・・・』

  ―ガン・F・グリーンマン著「東方野球求聞史記」第1章セクション3より抜萃

収容人数32000人。両翼91m、センター120m。
それがこの藤井寺球場―もとい幻想郷スタジアムである。

これが何故博麗神社近くの空き地に出現したのかはごく一部を除き、まだ殆どが知らない。
それはもちろんこの風見幽香とて知った事ではない。

ただ、一つだけ変わった事がある。

野球がしたくなった事だ。

今まで、そう。桜の芽が出始めるまではそこいらの妖怪たちを普通に虐めているだけで十分だった。
だがこの球場が出現してからは『普通』では面白く無くなった。
何と言うか・・・物足りない。
自分が普通に相手をしたのでは向こうは歯が立たない。それが面白くなかった。
だけど野球ならどうだ?
自分の圧倒的有利に変わりは無い。しかし相手にも対抗手段が無いわけではない。
そのゾクゾクする絶妙なバランス。それが野球だった。

ブルペンから響く、衝撃音。
「ズドォン!!」
何かが吹っ飛ばされた音でも、冬の妖怪がスイングした音でもない。
マウンドに立っているのは私、風見幽香。向こうにあるのは・・・月の姫。
「何があっても死なないから」ですって。だから殺すつもりで投げたわ。
最もそれが一番の制球方だって言うのは何たる皮肉なんでしょう?

更にその後ろには・・・アリス・マーガトロイド・・・何故監督なんてやってるのかしら・・・?
あの歩く非常識のお守りをしてればいいものを・・・
「162km/hね・・・魔理沙より早いとは・・・」
そのアリスが口を開く。二点間の人形を使い今の球の速度を測ったようだ。
原理は・・・イベリス。どうでもいい。
じゃあ何故今、これを行っているか?
「そうね・・・それじゃあ今日の紅白戦。投げてもらうわよ?」
―この一言を聞くためよ。

そう。私はまだこのキャンプの練習試合で無登板。
投手として、シーズン中打者をいたぶる為には力を見せつけるしかない。
そのきっかけを受け取りに、わざわざ今日は練習に来たのよ―


姉さんが言っていた。「リズムが狂う」って。
それが今回の異変の予兆。それからすぐにあの球場は幻想郷にやってきた。

あの球場がこっちに来てからかなぁ?自分でもテンションの乱高下が激しいかな~って思い始めたのは。
それを押さえるのが野球だって気付いたのはそれからすぐ。
私、メルラン・プリズムリバーは姉さんとリリカと毎日のように練習に通ってる。
チームだって結成されたし(どうやって試合をするんだろう?)

とりあえず三人で一試合を作れると監督からも絶賛された。私なんて貴重な左投げよ?
そして今日の練習試合は我ら三姉妹が揃い踏む記念すべき初の日よ!?
でも七回までは私のソロライブ!御代は見てのお帰りよ!?





『力が全てではない。力は全てを決める要因の一つでしかない』
                           ―第15章セクション2より抜粋

かくして練習試合が始まった。
先攻紅組先発は幽香。本日初登板である。複数イニング、恐らくは一回りを投げさせた後、リリーフ陣が相手の猛追を振り切る方程式を見極める。

対する白組先発はメルラン。こちらでリリーフ陣、つまり相手の勝利の方程式を崩せる打線を見極める。

以上のアリスの指示のもと、試合が始まった。


「ストライーク!!バッターアウトォ!!!」
そう!これ!!この感覚よ!!
主審の声を聞き、満足げな月の姫から球を返してもらいつつ、私はマウンドの上で身震いする思いで立っていた。
相手に打つという対抗手段はある。でも手は出せない。対抗手段があるが故に相手は余計悔しがる。
次の相手はどういたぶって差し上げましょうか・・・


「アウト!!」
PO!っとと。落ち着かなきゃね。
私にはあっちみたいな派手さは残念だけど無いの~。
それでもよ?ちょっと投球のリズムを崩してあげるだけでみ~んな凡打。
まるで私のリズムの中で踊ってもらってるような物じゃない?
さ、次の回は私にも打順が回るわよ~。


「バシュン!」「ドォン!!」「バッターアウトォ!!!」
七番の・・・誰だっけ・・・?冷麺・うどんメイン・鍋だっけ?を三振に取る。
流石に蓬莱人みたいに前に転がす猛者も居るけどまだまだ無安打。
監督からは「この回で交代」と言われた。
それじゃあもっと飛ばしても良いわね?
どうせ後は捕手と投手。もともと打てっこ無いんだから・・・


「ぽ~ぽ~めるぽのPO!!」
力走虚しく二ゴロに倒れたレティを見送って私は打席に入る。
ふふん。どうせ打てないだろうって舐めてるでしょ?
コーチの何だかじゃないけど言わせてもらうわ!「プリズムリバー舐めんな!」
いざ・・・勝負!!


打者メルランと投手幽香が火花を散らす。
メルランはバットでなにやらリズムを刻んでいるようだ。
どうせ投手なのにねぇ・・・幽香は輝夜からのサインを見る。
外角高め?冗談じゃない。サインに首を振る。
どうせコイツで最後なんだ。ど真ん中に最高速のストレートの方が良いじゃない!

「バシュッ!!」
幽香の右腕から放たれたストレートが輝夜のミットへと向かう。
「ブンッ!!」―そう幽香には聞こえるはずだった・・・

「メルポのPO!!ξ・∀・)」
その瞬間、メルランはど真ん中の直球を振り抜く。

「カツッーン!」
乾いた独特の音と共に白球が高々と舞い上がる。
―打ち取った。幽香がそう確信し、後ろを振り向くと・・・?

白球はバックスクリーンに直撃、跳ね返って外野へと落ちてきた。
何が起こったのか理解できなかった。
次の瞬間に起こった大歓声で漸く、自分がホームランを打たれたのだと知る。
屈辱。それを晴らす。幽香の心にはそれしか無かった。

次の打者、射命丸はキャッチャーフライでチェンジ。幽香はベンチへと引き上げた。


「お疲れ幽香。だいd「ギロリ」・・・打ってらっしゃい」
監督、アリスの胃痛との戦いはもう開幕戦を迎えていた・・・

この屈辱は打席で返す。幽香はひたすらそれを思っていた。
向こうの球には力が無い。当たれば余裕でスタンドまで飛ばせるだろう。
ここで、八番の姫がヒットで出塁。面白い。お釣りを付けて返してやろう。
バットをギッチリ握り、幽香は打席に入った。

投手メルランと打者幽香が向かい合う。
さっきとは攻守が逆でも散らす火花は同じ。打つか、打たれるか。ただそれだけ。

セットに入ったメルランがチラリと輝夜を見やる。
そして足を上げ、幽香に1球目を投じる―
「ど真ん中。スタンドもらった!」幽香はスイングの瞬間はそう思った。
こういう場合、現実は往々にして非情である。

バキッ!!

力の無い打球が遊撃手、咲夜の前へと転がり、6-4-3、ゲッツー。
それを見届ける事無く幽香は球場を後にした・・・

自分が折れなかったバットを折った。


それだけで、十分だった。

『何かを得るためにはその代償が必要である』
                 ―ガン・グリーンマン著『フラグの錬金術師』より

次の日だった。
メルランが太陽の畑にやってきた。

「で、何の様?」
幽香が尋ねる。正直コイツは分からない。

「ふふん。アドバイス!」
得意げにボールを取り出すメルラン。話聞いてるのか?
そのままササッ~と距離を取る。しめて・・・20メートルといった所だ。
マウンドからキャッチャーの位置くらいまで。そんな所でメルランは止まった。

「何を・・・「ビュッ!」!!!」
気付いた時にはもう動けない。当たる!そう思った瞬間。
「ヒュオン!」
弾幕とはまた違う独特な音と共にボールは通り過ぎていった。

「昨日のはこれよ~」
メルランが得意げにやってくる。
「・・・ふ~ん」
「いやいや。ふーんって何?ふーんって!?
 ちょっとは聞いてよ!これで昨日バット折ったのに!!タイミングで打てたのに!!」

「・・・」
ピクリ。と幽香の心が動く。でもそれなら・・・
「どうして、昨日はバットに当たったの?」
確かに幽香に向かってきたのが当たらないなら変化量は大きいはずである。
昨日のはほんの少し。そう。ボール半分くらいだった。

ギクリ・・・とメルランが一瞬だけ固まる。
「ちょ・・・調子PO~♪」

「そう・・・」
裏がある。そう思ったが気付かないふりをして幽香は流した。
「それで、投げ方は?」
「PO!?」
今度は普通にメルランビックリ。良くて精々追い返されるだけだと思ってた。

「考えてもみなさい?バットをへし折る方法が自分からやってきたのよ?
 それをみすみす逃す手はあると思って?フフフ・・・」
その笑顔(凶相とも言う)に押されることなくメルランは

「条件!」
メルランが指を立てて幽香に言う。

「何?」

「今日のライブでここ使わせて~。」

幽香は自分の肩の力が抜けるのが分かった。
でもたまには良いんじゃない?音楽と花とでゆっくりするのも。

「握りはこう・・・」

・・・

・・







『フラグがあるから踏むんじゃない。踏んだ所にフラグがあるだけなんだ』
                       ―『東方野球求聞史記』第5章セクション1より

昨日のプリズムリバー三姉妹の演奏は例によって素晴らしかった。
ただ、何となく違和感があった。
演奏としては成り立っている。素晴らしいほどに。
でも、三姉妹「らしさ」が無い。その「らしさ」は幽香でも分からない。
分からないのならどうせ大した事では無いだろう。
幽香はそう思い、暫くぶりの球場へと向かった。

今日も今日とて紅白戦。
もうそろそろオープン戦が始まるそうで、紅白戦も残り少ないそうだ。
全くどうやって一チームだけで試合をするんだか・・・
幽香はそう思いつつ球場入りした。
彼女が球場に来る。その理由は、ただ一つ。

「ズドォン!!」「バッターアウトォ!!」
放たれた直球は一直線にミットへ吸い込まれる。
いよいよお客も入り始めてざわついている球場も幽香の直球の前では静まり返る。
何の縁であろうか?今日も相手投手はメルランだ。
恐らく求められている物はあの日と同じ。勝利の方程式だ。
でもそんなのは関係ない。
ただ打者を思う存分いたぶるだけ。それで満足だから。
まだメルランから教わったアレは投げていない。
丁度一番悔しがりそうでイジメがいのある奴がいるじゃない。
―ネクストバッターズサークルへと向かう金髪魔女を見て幽香はにやりと笑った。
「ボール。フォア。」
コントロールミスをした振りをして冷麺を歩かせる。
そこに一番の獲物がいるから踏む―ちょっと違う気がするけどどこかの教授が言ってたわ―

さて、獲物がやってきたわ。
まずは外角一杯。若干ボールの位置に真っ直ぐを投げ込む。
ブォン!と景気のいい音を立てて魔理沙が空振りをする。
嫌いじゃないわよ?そんなに打ってこようとするのは?
だけど打たせると思って?勝負は二球目。アレの出番よ。
セットに入って少し間を置く。そう。チラリと月の兎を見やるくらい。
二球目。そう。真ん中高めから少し外角寄り。失投に見えただろう。

ニヤリ。白黒がチラリと歯を覗かせ、バットを振り出す。

フフフ・・・あの時の私と同じ気持ちでしょうねぇ・・・
その時の期待とその後の絶望を知っているが故に今の瞬間も楽しめる。

バキャ!!

クソッと言う白黒の声、そしてバットの先端と共に力の無い打球が三塁手、リグルの元へと向かう

「リグル殿ーーー!!」
とか言う声援がひときわ大きくこだまする中、、リグル打球を捌き、二塁へ―
5-4-3のダブルプレー。白黒が折られたバットを思わず地面に叩きつけていた。
それを見ながら私は恐らく満面の笑みを浮かべていただろう。ゆっくりとマウンドを降りた。




『代償にはその人の大切な物が優れている』
                 ―ガン・グリーンマン著『フラグの錬金術師』より


「で、今日もライブをやりたいんだけど・・・ダメ?」
リリカが幽香と交渉している。
さっき姉さんから聞いた話を要約するともしかしたら暫らくライブが開けなくなるらしい。
と言うわけで今のうちにライブをやっておこう!!
そういうわけで今日もこの太陽の畑でライブをやろうとリリカがまず交渉中。
姉さん曰く「ここが一番華やかで皆の記憶に残るから」だって。
そんな記憶に残るとかしなくても毎日のようにライブをすればいいだけじゃない?

リリカが帰ってきた。「対価は?」だってさ。
三人で輪になり話し合う。
何をやればいいのかは私がヒントを持っていた。また変化球くらいでいいだろう。
後は何を教えるか。こっちの方が重要。
下手なカーブは「つまらない」といわれそうだしSFF系なら「逃げろと?」と言われておしまいだ。
ここは慎重に話し合わねば。幾ら私でもそれは分かる。

「う~ん。じゃっチェンジアップならどうよ?」
しばらくの思案の内リリカがパチン☆と指を鳴らして提案する。
「「チェンジアップ~ぅ?」」
意外だった。速球ごり押し型の投手にまるでかわすような球を教えようと提案し
ようとは...

「何でまた...」
姉さんも同じことを思ったらしい。だけどリリカは
「任せときなって」
あっちょっと~。おーいリリカ~...行っちゃった...

帽子からボールを取り出し、なにやら会話が聞こえてきた。
「いやだからこうすれば打者はキリキリ舞いだって~」
「それは面白そうね。フフフ・・・」
・・・会話は和やかに進んでいるようだ・・・似たもの同士何か通じる物があるんだろうなぁ~・・・

「いいってさ~」
・・・我が妹・・・恐るべし・・・
でもライブって言ってもなぁ・・・最近はアレのせいでちょっとねぇ・・・





『違和感とは何故おかしいかが分からないから違和感なんだ』
                       ―『東方野球求聞史記』第7章セクション4より
...おかしい。
プリズムリバー三姉妹の演奏が始まってすぐに私は思った。
彼女らのライブがここで開かれたのは一回や二回ではない。
前のライブからそんなに日は経ってないはずだ。
ただ、おかしいといってもいつもと遜色無い演奏だ。すばらしい。

...そういえばアイツらって何者だっけ?
えーと...確か...レイラという彼女らの妹...だっけ...?の想いから...
とかいう話を聞いたことがあったわねぇ...

...想い...?

何か聞いたことがあるような気がするけど...?

まぁいいじゃないの。私。今はこの演奏をゆっくり聞いて...

...調子悪~い。
自分たちの幽霊屋敷(騒霊屋敷?)で姉さんとリリカとキャッチボールをしていて思った。
やっぱりアレのせいなのかなぁ...?
姉さんたちの球にもイマイチキレが無い。
なんと言うか...体の動きが悪いPO~。って感じかな?
ま、テンションでどうとでもなるでしょ~!行くわよリリカ~!




『フラグの例え?そうだね…ランナー満塁でクリーンナップとかは点が入らないフラグだが…』
                                   ―『東方野球求聞史記』第5章セクション2より

またしても練習試合。吸血鬼姉妹が出れるように夕方だ。
来週からオープン戦ですって。...だからどうやって試合をするのかと聞きたい所
ね...
で、私に任されたイニングは3イニング。DHは有り。慣れておけだとさ。
登板はあの日以来ね。白黒のバットをへし折った。
今日はどんな面白いことが待っているのかしら...?フフフ...

...予定通り。
マウンドで私はにやける。二回までを無失点。
ヒットはおろか外野にまですら打球を飛ばされていない。
ただし四球が1。
今回の獲物は...そう。三番に座ってるあのおじょうちゃま。...ククク...
さぁて三回。フフフ...

三回、九番打者レティの初球、高めにまっすぐを放る。
...そうそう。それでいいの。打球はまっすぐライト前へ。
つづく打者は俊足の烏。この場面で奴が仕掛けるのは一つしかない。

コツッ

セーフティバント。ただし自分は死んでもいい。ってやつね。
ただし、私が捕った時にはもうベースの上。いくらなんでも早すぎるだろう。
...さて、一番厄介な奴。二番打者のメイド。
フフフ。丁度いい。あのおじょうちゃまに最高のお膳立てをしてやりましょうか...


「そういえば...メルランはもういったか?」
スタンドで試合をみながらルナサが傍らのリリカに尋ねた。
「うん。」
リリカが答えた。
そうか...と言ってルナサは遠くを見やる。
「姉さん~そろそろじゃない?」
そんなルナサにリリカが言う。
「いや...この打者を見てからいこう。」
試合の場面はワンナウト一二塁。もう少し位見ていてもいいじゃないか...
そしてまだ変化球を投げていない幽香を見てルナサが呟く。
「...全く。曲げればこの程度余y..なっ!!!」

幽香は初めてボールを曲げた。

投じられたスライダーは内角から更に変化する。

それに気付いた咲夜が避けようとするも―

「デッドボール!!」主審がコールした。



一死満塁。打者レミリア。幽香は最大のピンチである。
観客からは「何やってんだ幽香ー!!」やら「チャンスだレミリアー!打てぇー!」
「もこぉおおおおおお!!」やら「リグルどn(ry」まで、さまざまな熱い声援が上がっている。

「やれやれ・・・そろそろ行くか?」
ルナサが盛り上がってきたスタンドに目をやりながらリリカに声を掛ける。
「ルナ姉ぇ・・・行こう・・・!」
二人は立ち上がり、レフトスタンドへと向かった・・・


いいわねぇ~もうゾックゾク。
あらあら。吸血鬼のおじょうちゃまはずいぶんお怒りのようで。
その目。嫌いじゃないわよ?
「プレイ!」
デッドボールだったので主審がプレーを再開する。
さて、初球は・・・?

♪~~~♪♪~♪
突如、球場に音楽、レミリアスカーレットのテーマ『亡き王女の為のセプテット
』が流れ始めた。
スタンドを見るとそこには...
ルナサ.リリカがスタンドの観客を統率し,曲を奏でさせていた。
「なかなか粋なことをするじゃない。ただやかましいだけじゃないのねぇ...」
「(2人...だけ...?メルランは?)」
二人の想いが一瞬だけ交錯する

「まぁいいわ。この声援には応えてやらないと」
「...いいわ。面白い。予定に変更はないわ。あのおじょうちゃまを抑えるだけ」


「「いざ!!!」」

初球・・・

「ズドォン!」
推定160km/h。内角高めのボール球。レミリアは仰け反る。
これはレミリアも想定の範囲内。次はストライクのはずだ。
速い球なぞどうってことは無い。

「「(勝負は...次!)」」

高めに放られた威力のない遅い球。見逃せばまずボール。
選球眼が無いレミリアはその球速にも釣られ.バットを出す。
捉えた。スタンドも、レミリアも確信していた。

...例のごとくこういう時に限って現実は非常な物である。
投じられた球は下に揺れながら変化し、バットの上へと当たる。
「く...う~」
カツッと言う弱い音とともに打球はショートリグルの元へ。
「リグr「インフィールドフライ!!バッターアウトォ!!」」
どこかの誰かの声援をかき消し、主審がインフィールドフライを宣告する。
応援歌と溜息が混じったスタンド、打球の行方を茫然と見るレミリアを幽香は満
足そうに眺めていた。
「これよこれ!一瞬の期待とその後の落胆。たまらないわ~。」

「うーーーーー☆」
タイミングをずらされた。そこはどうでもいい。だけどそこからさらに曲がった

一回でも見ていれば打てた。でもこの球は初見。
...舐められていた。そこがレミリアは悔しかった。
「うーーーーーーーーー☆」

続くフランはど真ん中で三球三振。フランは幽香の眼中には無かった。





『大きく、強い想いの前では弱い想いなど霞んで無い物同然となってしまうだろう』
                             ―『東方野球求聞史記』第3章セクション4より

「やっぱり虐めるのは楽しいわねぇ~」
役目を終え、上機嫌でロッカールームに戻った幽香。
「...?」
自分のロッカーに手紙が挟まっているのを見つけた。
誰からかしらと手にとって封を破り、中に目を通すと...
「...!!」
『幽香へ
 この手紙を読んでる時には私はもう...いないの~、
 あの球、役立ててくれたかな?
 好きな幽香に私のとっておきをあげれて良かったPO~
 そうそう。あの演奏は私たちなりの...(にじんでいて読めない)...なの。
 これからも応援してるPO~』

幽香の中ですべてが繋がった。三姉妹の演奏の違和感も、さっきスタンドには2
人しか居なかったことも、わざわざ自分に変化球を教えに来たことも。

プリズムリバー三姉妹はたった一人の想いから生み出された。
じゃあより大人数からの、強い想いがそこにあれば?
―――霞み、無いもの同然となる。
そう考えると全て合点が行く。メルランは...消えてしまった。
演奏の違和感はその前兆。力が弱くなって演奏に影響を及ぼした。
変化球を教えに来たのが自分の行く末を悟ったとすれば...?
気づけたのは自分だけだったのかもよ?ずっと好きだったのかもよ?
そう結論づけ、そう自問した幽香は手紙を持ったまま、スタンドへと走った。

先ほどの演奏で、熱が冷めきらないスタンドを2人は満足そうに眺めながら話す。
「ま、こんなもんだろ。」
「メル姉がいればもっと賑やかだったんだけどね~」
「実際は私たちがいなくてももっと賑やかにしたい所だが...」
と、会話をしている矢先、
「あ...来ちゃったか~」
幽香が急いでやってくるのを見つけた。

「ちょっと!!アンタ達!」
幽香がルナサとリリカに問いかける。
「「ん?」」
幽香は息を切らしながら2人に問いかける。
「このー手紙はー?ーメルランはーどうしたのよ?」
それを見るとルナサはあ~。と言う顔を、リリカはにやりと笑った。
少しの沈黙の後、ルナサが口を開いた...
「そう...か...じゃあまずマウンドを見てくれ...どう思う?」

そこには...


メルランが投げていた


「?????(消えたんじゃあ...?えっ...でも何で??)」
混乱する幽香を横にリリカが話し始める
「やっぱり見てなかったでしょ~?今日はメル姉の登板日だよ?
 それでどうしてあんなに急いでここまで来たの~?それに何って書いてあった
のかなぁ~?ま、それ私が書いたから分るんだけどね~」

タネに気づき、赤面する幽香。そう。登板が終わるとさっさと帰ることを利用さ
れて、図られた。
「「真っ赤になっちゃって~。2828」」
姉妹が二重奏でからかう。
「う...う~☆」
まさしく顔色はバラのようと言ったところか。
「「そんなに好きなのね~。めるぽ§・A・)」」

「がああああああああああああああああっ!!!」
幽香の叫びがまだ尚試合が続いている球場に木霊した。

その後も、しばしば三姉妹にからかわれる幽香を見たものがいるとかいないとか...


あーもー。今日も応援歌の練習?
あんなのを夜遅くまでやるから調子悪くなるんだよ姉さん~。寝不足PO~
えっ?オープン戦が始まったら応援団に任せるの?
そうなったら野球に専念なの!?
やったーーーーー!!!それじゃあ張り切っていくわよ?
せーの、ぽ~~ぽ~~めるぽの...PO!!!!

『弱い想いとは言ったがね、想う人が少ないから弱いとは言ってはおらんよ?』
                             ―『東方野球求聞史記』第3章後書きより



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